2016. 02. 27  
  先日、三日路ふれあい寄席の懇親会のもようを報告す
る事務局のブログがありました。
いちゃもんをつけるつもりはいささかもありませんが、史実
と違う部分があると思いますので書かせて頂きます。


まず昨年の末亡くなった冨士副会長のご冥福を祈る黙祷を
出席者全員でさせて頂いたことに関連して、事務局は、人生
のはかなさを訴える方法として、浄土真宗では蓮如さん作と
されている
「朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆう
べ)には白骨(はっこつ)となれる身(み)なり」の文章をのせま
した。



  後鳥羽上皇が熊野神社巡礼に出かけられている間に、寵
愛(ちょうあい)する「松虫」と「鈴虫」という側近の女性が、御所
から抜け出して法然(ほうねん)の弟子の安楽坊や住蓮(じゅう
れん)坊の法話を聞いたり、≪六時礼賛(らいさん)≫の声明
(しょうみょう)の美声に感激して、勝手に出家することを決めて
しまいます。




1 後鳥羽上皇の和歌






      <1 後鳥羽上皇の和歌 >



2 熊野街道の道標






       <2 熊野街道の道標 >

  さらに上皇不在の中、安楽坊を御所に招きいれ、夜遅く
なったからとしてそのまま泊めたそうです。
    
  それまで比叡山の衆徒や奈良の興福寺の衆徒たちから
手段を選ばず急激に勢力を伸ばす浄土宗を取り締まって欲
しいという訴えがあっても、なかなか取り合わなかった上皇
もこれには激怒して、安楽坊・住蓮坊他2名を死罪、法然・
親鸞ほか6名を流罪に処しました。

  これを浄土真宗では「承久の法難」と言っています。
しかし安楽坊は斬首される前に、上皇に向かって「阿弥陀様
の本願を悪く言う、念仏をそしる者は地獄に落ちるので、なに
とぞ改心・懺悔(ざんげ)して念仏者になってください」と自分
の命をかけて説法しました。

  これがのちに後鳥羽上皇自身が鎌倉の武士と戦った結果
敗れて隠岐の島に流されて、浄土宗に改宗するきっかけにな
りました。

  京都の「哲学の道」の道すがらには「法然院」や「安楽寺」
があります。

 上皇の離宮であった水無瀬離宮は、上皇の遺言で「御影
堂」として江戸末期まで上皇を祀り、明治になって初めて神
宮と改められました。
    


3 水無瀬神宮







     <3 水無瀬神宮 >




4 水無瀬神宮の拝殿







     <4 水無瀬神宮の拝殿 >


 
 浄土真宗には親鸞さんから4代目に存覚(ぞんかく)さん
という、本願寺の別当職をつがなかったものの、終生にわ
たり布教活動に務めた人がおられます。 

  その存覚さんが、隠岐(おき)の島に流された後鳥羽上
皇が、亡くなるまえに『無常講式(むじょうこうしき)』という
文章を書き残されていることを紹介されています。

  存覚さんの時代から150年ほど後、蓮如さんが書かれ
たものとして認められている、数ある御文章の中でももっと
も有名で、今日でも葬式や法事に使われている「白骨の章」
は、人生のはかなさを切々として訴える感情にあふれてい
ます。

  ネットの「良覚寺?」『真宗門徒の証明』によると、『聖典』
P842(五帖目16通)に、

  それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、その後、 お
およそはかなきものは、この世の始中終、(同上)

とありますけれども、『無常講式』では、おおよそはかなきも
のは、人の始中終、幻の如くなる一期に過ぎるほどなり。

となり、その後『白骨の御文』は、

  されば、いまだ万歳の人身をうけたりという事を聞かず。
一生すぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体をたも
つべきや。我やさき、人やさき、今日とも知らず、明日ともし
らず、おくれさきだつ人は、もとのしずく、すえの露よりもし
げしといえり。(同上)

と。これは後鳥羽上皇の『無常講式』がそのままコピー
されておるわけです。『無常講式』では、最後に後鳥上皇は、

  たのみてもなおたのむべきは、弥陀(みだ)誓願(せいが
ん)の助け也

 ということをはっきり書かれて、念仏者になられたことが表
わされています。


やはり実体験した者が率直に述べる感想は訴える力には強
いものがあります。

 蓮如さんは布教の天才でこれを最大限に利用されたわけ
でした。

 弥陀の誓願は48の「本願」ともいわれ、その18番目は阿
弥陀さんを信じる最後の一人まで救わねば自分(=阿弥陀
さん)は佛にはならない、というお誓いだそうです。



5 浄土真宗・正信寺さん







     <5 浄土真宗 正信寺さん >



 今年で9年目第17回三日路ふれあい寄席のポスターが
完成しました。

 多数の皆様のご来場心よりお待ちいたしております。





第十七回「三日路ふれあい寄席」










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Author:panakorann214
 月日の経つのは早いですな
来年は、早十一年目光陰矢の如しとよく言いますが。
 調べて見れば

 「月日の経つのはあっという間で二度と戻ってこないから、無為に送るべきではないという事を言っているのですが、早 後期(好機)高齢者になりました、意味を知るのがが遅かった。


下記の文面が削除出来ません。

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