2017. 03. 20  
 四国の文人
   正岡 子規をご紹介


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  正岡子規 正面からの写真。




 正岡 子規は今から150年前の1867年10月14日(慶応3年9月
17日)にこの地で生まれ - 1902年(明治35年)9月19日)は、11
5年前に亡くなりました。

氏より育ちとはよく言ったものですな!!
子規の親の略歴
 伊予国温泉郡藤原新町(現愛媛県松山市花園町)に松山藩
士正岡常尚と八重の間に長男として生まれた。母は、藩の儒
者大原観山の長女。












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   正岡子規の若かりし頃の銅像。











3 観光客や地元の方が利用されています












2 





   天然温泉 足湯。





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     路面電車 道後温泉駅。




 



6 ・




   では少し散策を・・・・


 温泉街を探索後、湯築城に足を延ばしました、どのあたりに
あるのかご説明いたします。

 JR予讃線「松山」駅から伊予鉄道市内電車「道後温泉行き
」で約20分「道後公園停留場」で降りて戴きますと直ぐのとこ
ろです。




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    湯築城跡の案内板。

今から680年ほど前に築城されたそうです建武2年(1335年)
伊予国の守護であった河野通盛の代に築城されたそうです。






 





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       湯築城が有ったころの見取り図。











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   昔使われていた湯釜。


道後公園にある石造りの湯釜。直径が166.7cm、高さが15
7.6cmという円筒形で、かつては湯口として使われていました。








    
9 



 

      湯釜薬師として祭られています。

  
 天平勝宝年間(749~757)に作られ、正応元年(1288)、一遍
上人の書で「南無阿弥陀仏」と彫られてあります。また、周り
の文字は亨禄4年(1531)に河野通直が天徳寺徳応禅師の温
泉記を彫らせたものといいます。この湯釜は現在の下から湯
が出るものと違い、てっぺんの球の部分から湯が吹き出るよ
うになっています。これは当時は湯が自然に吹き出ていたた
めだそうです。
 この湯釜は全国で最古のもの。県指定の有形文化財とな
っています。



10 櫻の花が満開






     一足早く花見をしてまいりました。







三日路ふれあい寄席 50









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panakorann214

Author:panakorann214
 月日の経つのは早いですな
来年は、早十一年目光陰矢の如しとよく言いますが。
 調べて見れば

 「月日の経つのはあっという間で二度と戻ってこないから、無為に送るべきではないという事を言っているのですが、早 後期(好機)高齢者になりました、意味を知るのがが遅かった。


下記の文面が削除出来ません。

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